柿の原産地は中国ですが、日本も原産地であるとの説もあります。
日本では7世紀前後に栽培が始まり、奈良時代にはすでに商品として売られていました。しかし、渋柿しかなく、干し柿、熟し柿、塩漬けの柿として食べられていました。
褐斑(ゴマ)の入る甘柿は鎌倉時代頃から栽培され、室町時代には岐阜や滋賀とともに奈良が産地として知られていました。その後、江戸時代初期にゴマの入らない甘柿が奈良県御所市から生まれ、「御所」として県内及び全国に広がりました。
奈良県では、江戸時代後半には「御所」、「藤原御所」、「三ヶ谷御所」、「豊岡」、「浄蓮」、「栃原柿」、「宮戸柿」などの甘柿が栽培されており、県内各地に数百年から百数十年の柿の古木が見られます。 |
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ごしょ
御所 |
ふじわらごしょ
藤原御所 |
みかだにごしょ
三ヶ谷御所 |
じょうれん
浄蓮 |
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とちはらかき
栃原柿 |
ひらたねなし
平核無 |
とねわせ
利根早生 |
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五條吉野の柿産地の歴史 |
五條吉野地域は畑作地帯で、明治時代にはミカンを中心に梅や梨、野菜などを栽培していました。しかし、大正10年に大寒波に襲われ、ミカンが大被害を受けましたが、西吉野村黒渕で栽培されていた「富有」柿は被害を受けず、立派な果実を実らせました。これがきっかけとなり、旧賀名生村を中心に柿が栽培され始め、その後、西吉野村から五條市、下市町にかけて柿の産地が形成されていきました。この頃に渋柿の「平核無」も植えられました。
昭和49年から始まった国営総合農地開発事業によって、五條吉野地域では傾斜のゆるい430haの果樹園が造成され、昭和55年に品種登録された本県原産の「刀根早生」が多く植えられました。そして、かんがい用ダム、水路、道路なども整備された結果、機械化が進み、栽培管理や防除・運搬作業などがずいぶん楽になって、後継者が育つ産地になりました。 |